そのキーワードは「クヌギ林」と「ため池」。そして「循環型農業」。
国東・宇佐地域では、原木しいたけのほだ木や燃料として盛んに植林され、今では森林全体の11%を占めるというクヌギ林。15年サイクルで再生され続けている
それにはまずこのエリアの地理的条件を少々。大分県北東に突き出た円形の国東半島は、実は全体が一つの火山。中央に聳える標高721mの両子山(ふたごやま)から海岸へと放射状に広がる28の谷を6つの里に分けて六郷と称し、この地に発達した独自の神仏習合の文化を「六郷満山」と呼んでいます。この「六郷満山」も、もうひとつのキーワードですが、これはのちほど。
日本最大規模の単一の火山からなる国東半島は、中央の山から急激に海に落ち込む地形と火山性の土壌のため、水の確保が困難。しかもそもそも降水量が少なく、さらには平地も乏しい、とないない尽くし。
そんな地形的・気象的にも厳しい自然環境のもと、生み出された工夫がクヌギの再生利用とため池の活用。大分県農林水産企画課の加藤正明さんによれば「阿蘇は野焼きですが、国東は“水”をうまく活用すること」が肝。「しいたけ栽培に利用するクヌギ林が水をたくわえ、ため池を水田に利用する」ことで、クヌギとため池による水と森のリサイクルが起こっているわけです。
この耕作に不向きな土地で貴重な保存食、換金作物となったのが、乾しいたけ。原木しいたけというと椎葉村など宮崎県も有名ですが、乾しいたけの生産量では大分県が全国シェア42%とダントツの日本一。なかでも国東半島産の原木しいたけは、質も高く、高値で取引されているのだとか。
乾しいたけのなかでも肉厚で最高級の大分産どんこ。とくに国東産は低温菌品種で時間がかかり、発生率も低いため量はとれないが(つまり効率が悪い)、ゆっくりと育つためうまみ成分も多く、高品質・高単価のものができる
そのカギが、しいたけ栽培の原木に最適なクヌギ。もともと国東半島にはクヌギの原生林があったのでこれを利用したまで、といってしまえばそれまでですが、決してほったらかしではない。この林に人の手を入れ、きちっと管理している、つまり維持管理された里山であるところが重要。
「クヌギは成長が早く、伐採しても周りの下草を刈るなど管理をしっかりしていれば、15年で再生されます。これにより常に森が維持されているのです」と加藤さん。
同時に落ち葉や腐植した原木が保水、雨水の涵養機能を果たし、これがため池にも流れ込む(川を通じて海にもそのミネラル分が流れ込む→植物性プランクトンが増える→これを餌にする魚が集まる→いい漁場が生まれる、と沿岸漁業にとっても好都合)。
国東市にあるため池、松ヶ迫池。ため池の上部にはクヌギを植林。水は農業用水としてはもちろん、貴重な水生生物の棲み家にもなっている
このため池も、平地が乏しいために大規模化できなかったことから、その数1200にも及びます。これを扇状地形を利用した水路で結ぶことで、少ない水資源を効率よく再配分。「数が多いのは(他の地域)どこでもありますが、ため池同士を連携させたのがミソ」とは、加藤さんの弁。
ため池の水は、水田やしいたけ栽培の散水にも利用され、ぐるぐると循環。クヌギの森も営々と新陳代謝を繰り返しているわけです。
森林が食料を生み、しかもこれが貴重な里山景観の保全と、オオサンショウウオやカブトガニ、アカザなど、多様な水辺の生態系を残すのにもひと役買っている。なるほど、これぞまさに地域で完結した「循環型農林水産業システム」ですね。
(つづく)
国東市綱井(つない)地区にあるため池群の連携概念図。いちばん上流に位置する高雄池から、中下流域の美迫(みさこ)池など、合計6つのため池が連携するという、当時としては画期的な用水供給システム。天候や稲の成長過程に合わせて、各ため池にどれだけの水量を供給するかを、相互のため池で補いながら維持管理している。各用水路に蓋をせず開口状態にすること、また取水口の操作や管理をする代表者を「池守り」として選び、集落ごとに代々そのシステムを継承し続けることで、江戸時代から貴重な水の選択と集中、公平な再配分が行なわれてきた
しいたけの発生に適した「ほだ場」に移された、原木しいたけの「ほだ木」。通常しいたけ栽培というと、杉林などのうっそうとしたイメージだが、加藤さんによれば「高品質なものができるのは、落葉広葉樹と常緑樹の混じった適度に明るい場所」とか。国東には、このような広葉樹林の「明るいほだ場」とため池を利用した散水が、質量ともに日本一の原木しいたけを生み出している
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