2013年11月10日

坐来大分で「世界農業遺産」認定記念イベントを開催(5) 六郷満山文化のお膝元で中世の荘園が息づく

前回、大分の世界農業遺産認定には「六郷満山」もキーワードと記しましたが、ではその六郷満山とはなんぞや?

これは円形火山のほぼ中央に位置する両子山から、放射状に広がる谷筋を、武蔵、来縄(くなわ)、国東、田染(たしぶ)、安岐、伊美の6つの郷にわけ、これを六郷と称し、この地に開かれた天台宗寺院全体を総称し「六郷満山」と呼ぶもの。

718(養老2)年、伝説の僧・仁聞(にんもん、人聞とも)が、修行のため国東半島各地に28の寺院を開山。これが全国八幡の総本社・宇佐神宮の庇護のもと、奈良から平安時代にかけて神仏習合の独特の寺院集団と信仰が形成され、往時には半島一帯に本山、中山、末山の3群65の寺院を有したとか。

つまり、国東半島全体が六郷満山仏教文化圏を形成しているわけです。

熊野磨崖仏.jpg

熊野磨崖仏は、平安時代の作と推定される古い石仏で、国の重要文化財

現在でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた 「国東六郷満山霊場」(六郷満山三十三ヵ寺)を構成。別名「ほとけの里」といわれる文化圏となっています。一帯では、真木大堂、熊野磨崖仏などの文化財と、それを包み込む奇岩と秀峰を見上げる異色のドライブが楽しめます。

そんな独自の神仏習合の文化が発達した国東半島・豊後高田市には、中世の荘園が残されています。それが「田染荘(たしぶのしょう)」。

小崎川左岸の台地に広がる田染荘小崎(おさき)地区は、11世紀前半、新たに開墾された水田。当時は宇佐神宮のもっとも重要な荘園「本御荘十八箇所」のひとつとして、全国屈指の規模を誇りました。この時代、有力な荘園主は天皇家や貴族、寺社であり、それが力の源泉でもあったわけです。

豊後高田市田染荘.jpg

ゆるやかな傾斜の棚田が広がる背後の山に、雨水の涵養林となるクヌギも植林された田染荘小崎。もとは、赤迫地区にある雨引社前から湧き出る湧水を利用して新田開発が始まったと伝わり、水神さまとして鳥居が祀られている。ほかにもいくつか水源があり、鎮守の森や磨崖仏と水源の関係も興味深い。また田んぼの形が一枚一枚不揃いなのも特徴的。水の便や扇状地形を考慮した開墾の進め方が、往時を彷彿とさせる


時代とともに景観を変えることが多い現代にあって、地名、地割、水路が、中世とほぼ変わぬ状態で今も保たれているのは奇跡的。現在ここは「田染荘小崎の農村景観」として、国の重要文化的景観にも選定されています。

大分県農林水産企画課の加藤正明さんによれば「六郷満山文化が農業や水のリサイクルにも関わっている」とのことですが、国東半島の六郷満山と中世の荘園が、世界農業遺産となった農業システムに、どう影響しているのでしょうか。

「(国東はもともと水の乏しいエリアだが)実は大分では臼杵にしても熊野にしても、“磨崖仏のあるところに水あり”といわれていますから」と加藤さん。なるほど。湧水の恩恵を受けられる水源近くに人が住みつき(これを神仏として祀り)、農業が発達したわけですね。「もちろん修行僧も、水や糧を得る必要がありますし」とも。




つまりは、古代から続く自然発生的なムラの開墾(縄文時代の遺跡も残る)が、中世田染郷の村落・荘園の発展へとつながり、扇状地形を利用した上から下へ流れる水路や堰、ため池など、他と連結した灌漑システムが構築されていくわけですね。深い!

しかも宇佐・国東では御田植祭や修正鬼会(しゅじょうおにえ)、村落単位の雨乞いなど、神仏習合文化の影響を受けた農業に関する神事、伝統行事が今も受け継がれています。これは六郷満山と切っても切れない関係といえましょう。
(つづく)

豊後高田市田染荘御田植祭.jpg

田染荘小崎で行なわれる御田植祭。これは毎年6月第2日曜に「荘園の里推進委員会」が主催するイベントで、田植え交流会は「飛び入り参加大歓迎」とのこと。現在一帯を「荘園の里」と称し、景観保持のため毎年荘園領主(水田オーナー)を募集。案山子コンクール、収穫祭などのイベントや農作物の宅配も行なっている。また農家に泊まって農作業や田舎暮らしを満喫できる、グリーンツーリズム「農家民泊」も実施

豊後高田市天念寺修正鬼会.jpg

長岩屋山天念寺の「修正鬼会」。天念寺は六郷満山中山本寺のひとつで、718(養老2)年に仁聞の開基と伝わる古刹。ここの修正鬼会は旧正月の伝統行事で、奈良時代から伝わるものと推測。節分のように「鬼を追い払う」のではなく、「鬼に姿を変えた祖先を出迎える」、「祖先と楽しく過ごす」といった国東半島独特の考え方で行なわれるもの。災払鬼、荒鬼が講堂内で松明(たいまつ)を振り回し、見物客の背中や肩を叩き回る。これが無病息災につながるとされている

豊後高田夷谷.jpg

豊後高田市の夷谷(えびすだに)。別名「夷耶馬(えびすやば)」とも呼ばれる景勝地だが、国東ではご覧のような鋭い岩峰がいくつも林立し、そこが山岳信仰・修験道の霊場となった。このような自然の造形が、おびただしい数の岩窟や密教道場を生み、それが宇佐神宮の八幡信仰とも結びつき、独自の六郷満山文化圏となった。自然が信仰の対象となった結果、植生、生物多様性、景観も守られているというサイクル

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posted by シマウマ-クラブ at 11:31| 九州のおすすめ